史跡ガイド

湯沢町

―兼続の叔父と言われる主水助の居館跡

 

 御館の乱で景勝側について活躍した樋口主水助の知行地は南魚沼郡湯沢町にありました。「主水屋敷」という地名はJR越後湯沢駅の近くにあり、主水助の居館跡は現在、公園になっています。公園内には、川端康成の「雪国」の有名なフレーズが刻まれた文学碑もあります。

 

 主水助は兼続の叔父にあたるのではないかと考えられていますが、樋口一族の栄光は兼続が藩の執政になってからのものです。それ以前の樋口家の系譜に関する記録は少なく、詳しいことはわかっていません。樋口氏は『兼続伝』などにより、木曽義仲の四天王の一人と呼ばれた樋口次郎兼光を祖とすると伝えられています。

 

所在地 新潟県南魚沼郡湯沢町大字湯沢字滝沢361-1
アクセス 関越自動車道湯沢ICより車で5分
JR越後湯沢駅より徒歩5分

湯沢町観光協会 0257-85-5505

 

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―荒戸城で戦死した主水助ゆかりの寺院

 

 主水大岳寺の縁起には、城平城主樋口主水守の名があります。主水守は御館の乱で景勝側について活躍した樋口主水助であるといわれています。北条氏が坂戸城に大攻勢を仕かけてきた際に、景勝は「坂戸城を死守するように」との厳命の文書を出しています。その宛名には登坂与五郎、樋口主水助、深沢刑部、栗林政頼らの名前があります。その樋口主水助は天正八年、北条氏政軍が急襲した際に荒戸城で戦死します。また、樋口主水助は樋口兼久と同一人物で、直江兼続の父、樋口兼豊と兄弟ではないかと考えられており、その説に従うと主水助は兼続の叔父にあたります。

 

 主水大岳寺は天正十六年、僧清元によって創建されました。清元は城平城主樋口主水守の甥の子にあたります。大岳寺は修験宗本山派で本尊は不動明王です。

 

所在地 新潟県南魚沼郡湯沢町湯沢熊野堂

湯沢町観光協会 0257-85-5505

 

 ―御館の乱で小田原北条軍を阻止するために築城

 

 天正六年(1578)に起こった御館の乱の際、景勝は景虎救援の小田原北条軍を阻止するため、三国街道を見下ろす芝原峠に荒戸城を築きました。景勝の命を受けた坂戸城将の深沢刑部少輔利重・樋口主水助兼久(兼続の一族)らは、坂戸・荒戸の二城に兵力を結集し防備を固めます。しかし、荒戸城・樺沢城は北条軍によって攻略され、北条軍は坂戸城の景勝軍と対峙しました。冬を前に関東への退路を経たれることを恐れた北条軍は、河田重親・北条高広らを樺沢城に残し撤退しました。


 

 翌天正七年三月、関東の援軍が来ない前に景勝軍は荒戸城を奪還しました。それ以後は三国街道監視のために城代が置かれましたが、慶長三年(1598)、上杉景勝の会津移封により廃城となりました。荒戸城は別名を荒砥城とも言い、三国峠の旧道から荒戸城へと分かれる道が通じています。三方を土塁で固めた本丸跡は標高789メートル、北には二の曲輪、西に三の曲輪が配されています。

 

 規模は小さいながらも曲輪・竪堀・土塁などの遺構が残る堅固な山城で、新潟県の史跡に指定されています。

  

所在地 新潟県南魚沼郡湯沢町三俣
アクセス 関越自動車道「湯沢」ICより車10分
JR上越線・上越新幹線「越後湯沢」駅よりバス
湯沢町観光協会 025-785-5505

 

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