史跡ガイド

滋賀県

―動乱の世に兼続と志をともにした石田三成の居城

 

 慶長五年(1600)の関が原の戦いの一年前、上杉景勝は伏見城で徳川家康に会津帰国の許しを得て、会津へと向かいました。直江兼続はその途中、別行動をとり琵琶湖畔の佐和山城に立ち寄ります。「三成に過ぎたるものが二つあり、島の左近と佐和山の城」と謡われた佐和山城でしたが、実際には内部は質素な作りであったといいます。そこで兼続と三成は、お互いの意思を確認しました。


 佐和山城は、鎌倉時代に豪族の佐保氏によって築城された山城で、戦国時代は浅井氏の支城でしたが、織田信長に敗れ開城しました。

 

 本能寺の変後、豊臣秀吉はここが交通の要衝であったことから、有力な武将を配し、天正十八年(1590)には、五奉行の一人石田三成が入城、城と城下町の大規模な改修を行いました。関が原の戦い後は井伊氏が入城しましたが、領民の三成への信頼が厚く、新たに彦根城を築城し移ったため慶長十六年(1606)、廃城となりました。

 

 山頂からは琵琶湖や比良山系が一望できます。彦根城築城に際して破却されたために、現在残っているのは土塁・石垣・井戸などです。

 

所在地 滋賀県彦根市佐和山町鳥居本町
アクセス 名神高速道「彦根」ICより国道8号
JR東海道本線「彦根」駅より車
彦根市 0749-22-1411
一口メモ 龍潭寺参拝者駐車場が利用可(20台)

 

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