下倉山城(したくらやまじょう)

―関が原の合戦に伴った「越後一揆」の舞台となった城

 

 築城時期は不明ですが、上田長尾氏が越後平野出口の防備のために築いたと考えられています。天正六年(1578)の御館の乱では景勝方につき、栃尾城の本庄秀綱らに攻められましたが撃退しています。慶長三年(1598)、春日山城に入った堀秀治は下倉山城に家臣の小倉政熙を配しました。同五年に徳川家康が会津討伐へと進軍すると、上杉景勝は石田三成と通じ徳川方の堀秀治を倒そうと一揆を煽動します。八月一日、上杉氏の旧臣や遺民ら一揆軍が城を包囲、城主の小倉政熙は討ち死にし城は落城しました。しかし翌日には下倉山城は坂戸城主堀直竒によって奪還され、一揆軍は三条城の堀直次らに鎮圧されました。慶長十五年、堀直竒の飯山城移封により廃城となりました。

 

 魚野川と破間川が合流する地点の北岸にある堅固な山城で、下を関越自動車道が通っています。遺構は曲輪・堀切・土塁・井戸跡・池跡が残っています。

 

 下倉山城は新潟県の史跡に指定されていますが、地震後の影響もありますので事前にお問い合わせの上、お出かけください。

 

所在地 新潟県魚沼市下倉
アクセス 関越自動車道「小出」IC、「堀之内」ICより車5分
JR上越線、只見線「小出」駅より徒歩10分
魚沼市観光協会 025-792-7300

 

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【カテゴリ】 魚沼市| ,
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