米沢市宮坂考古館

―戦乱の世を彷彿とさせる上杉ゆかりの鎧

 

 米沢、置賜地方の考古、歴史、民俗資料を中心に、700余点の貴重な資料を収蔵、展示している博物館。若くから郷土史の研究をしていた故宮坂善助前館長が80余年の生涯をかけて収集しました。資料は旧米沢藩に関する重要文化財が多く、甲冑や火縄銃、屏風、郷土の埋蔵文化財などが多数展示されています。

 

  

所在地
山形県米沢市東1-2-24
アクセス

JR米沢駅から徒歩5分

米沢市宮坂考古館 0238-23-8530
一口メモ

開館時間 10:00~17:00(10~3月は16:00まで)
休館日 月曜日、祝祭日の翌日 
入館料 大人300円、大高生200円、小中生100円

   

 

 

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関東管領 上杉憲政 所用具足

 

素懸紫糸威黒塗板物五枚道具足
     昭和四十一年四月六日
     山形県指定有形文化財
     兜・頬当・籠手・臑当付

上杉謙信(長尾景虎)に関東管領の職と上杉の姓を譲った上杉憲政の所用と伝えれる。
室町末期戦乱の激化に伴い、新形式の甲冑が考案され、当世具足と称した。袖は槍や長刀などの打物戦を反映して廃止又は極端に縮小されている。
この具足は、黒塗板物の立挙三段で胴五段を紫糸の素懸威(緒通し)である。兜は二十二間筋兜で銀の総覆輪、臑当も黒塗竹雀の金蒔絵と三枚筒に牡丹獅子を金蒔絵にした豪華なものとなっている。
仏像の前立は戦場で命をかけて戦うとき、仏様に加護を願い護身のために流行したものといわれている。
室町末期から桃山時代にかけての作と見られる。

 

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上杉景勝 所用具足

 

浅葱糸威黒皺韋包板物二枚胴具足
     昭和四十一年四月六日
     山形県指定有形文化財
     兜・袖・頬当・籠手・臑当・佩楯付

上杉景勝(米沢藩初代藩主)が着用した甲冑と伝えられている。
具足は甲冑の中では戦闘方法の変化により、機能的に構成されており、当世具足のことをいう。武将の個性を出すのに兜・前立・頬当などにその特徴を表現するようになった。
板物製は着脱の便から蝶番を用いており左側の蝶番によって胴が前後二枚に分かれるものを二枚胴という。
この具足は前胴八段を韋綴にし全体を黒皺韋包(黒いしわのようなでこぼこの韋)としている。
草摺は表が銀色、裏が黒塗りの切付札板七間五下りを白糸と紺糸で威している。
兜鉢は黒塗六二間一行三一点の小星兜でしころの吹返しに銀製の竹雀据文がある。
前立は一対の瑞鳥を向き合わせ、中央に日天ほか六軍神名を刻んだ小円板を載せている。
室町末期の作と見られ、凛とした気品に満ちている。

  

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直江兼続 所用具足

 

浅葱糸威錆色塗切付札二枚胴具足
     昭和四十一年四月六日
     山形県指定有形文化財
     兜・袖・頬当・籠手・臑当・佩楯付

直江兼続(上杉景勝の重臣)の所用で、慶長五年秋、最上合戦のおり着用したと伝えられる。
胴は浅葱糸(臼井ネギの葉の色に染めた糸)で威し、錆色塗切付札板(札を連接して札板とするかわりに一枚の板で連接した札の様に札頭を切ってあるもの)を用いている。
草摺(胴に附属し腰から上脚部を守る部分で歩行に便利なように数片に分割されている。当世具足は五間から九間まである)は通常の七間五下りで切付札板である。
具足とは元来、物が具わるという意味で既に中世に兜・胴・袖の三物が具わっている。それに頬当、喉輪、籠手、佩楯(膝鎧)などの小具足を具えている。
頬当は歯形付で白髪を植え、浅葱糸威切付札板四枚の喉輪付きである。
兜鉢は錆色塗六二間筋兜。前立は大きな鍬形と梵字を戴いている。梵字はアンで普賢菩薩(胎蔵界)を表している。
佩楯は紺糸威黒色伊予札板四段下り。
兼続好みの渋い農耕な甲冑である。文禄慶長年間の作と見られる。

  

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前田慶次 所用具足

 

朱漆塗紫糸素懸威五枚胴具足南蛮笠式
     兜・肩当・頬当・籠手・佩楯・臑当付

前田慶次所用と伝えられている。
前田慶次は加賀百万石の後継者として、前田利家の兄利久の養子となった。しかし義父利久は事に連坐して信長に進退を問われ、頭を丸め利家に家督を譲った。慶次は浪々の身となってしまった。しかし、おじ利家に従って二度に渡る朝鮮出兵後、単身利家のもとを去り「穀蔵院瓢戸斎」と称し、京都で貴賎墨客と交わり文武両道を会得した。文武の道で己を凌ぐ人物・直江兼続と親交、戦国諸大名の中で上杉景勝こそ武将中の武将と惚れこんでいた。
慶次は上杉景勝の客分として戦国の父秩禄で組外扶持方という自由な立場であった。
この具足はいかにも奇行をもって知られた豪傑慶次好みの甲冑といえる。
兜は編笠形で頬当には長い髭を立てている。裃の様に肩の張った肩当と金色の鱗形袖はなんとも異風である。胴は最上胴、草摺が朱漆塗り(肩当も)で派手な造りである。籠手、佩楯は素鉄の総鎖繋で正に実践用といえる。
慶長五年最上の役で兼続とともに、赤柄の大鎗を振るって武勇を轟かせたという。

 

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 上杉謙信 所用具足

 

素懸白綾威黒皺韋包板物腹巻
      昭和四十一年四月六日
      山形県指定有形文化財
      兜・壺袖・頬当・背板・籠手・臑当・杏葉・佩楯付

上杉謙信が関東管領上杉憲政から拝領したと伝えられる。
腹巻きは中世甲冑の一様式で戦闘方法が変わってきて軽快で機能性に優れ、さらに動きやすく考案されたものである。これは四ヵ所蝶番入鋲腹巻で黒皺韋包板物を白綾で素懸威(緒通し)したもので、裾つぼまりの壺袖にもその特徴を見ることができる。
草摺は八間で歩きやすく五下り。
兜は黒韋張懸頭巾で、祓立(前立を立てる金具)があり、前立は金属製の蜻蛉(勝虫)である。
身をすきまなく覆うことのできる、実線向きの甲冑で、室町時代後期の作と見られる。

【カテゴリ】 米沢市| , 美術・資料館
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